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レニ・リーフェンシュタールについて(テスト)

レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実という本を読んだ。
彼女はナチスのプロパガンダ映画を撮った女性映画監督だ。
非常に中身の濃い、分量も多い本で、そしてレニという人は特筆すべきことが多すぎるので、感想を書こうと思ったがなかなかまとまらない。

とりあえず少しでも何か書いておきたいと思ったので、簡単なメモを書くことにした。

・彼女はとても野心的な人物で、ヒトラーと出会う以前の(ダンサー、映画女優を経て)おそらく最初期の映画監督になるまでの過程においても、とにかく「栄光を掴みたい」という強い信念の元、色んな意味での努力を惜しまず、どうやらそんなに演技の能力とかもなかったらしいんだが、様々な挫折にも関わらずゴリゴリと立身出世の道を切り開いた。
・そしてヒトラーと出会い、寵愛を受けてからは、莫大な予算、時間、人員を注いでプロパガンダ映画の傑作を撮った。大変な情熱で映画製作にうちこんでおり、後年に彼女が「プロパガンダ映画はナチスに強制されて嫌々撮った」という風に自己弁護したのは全くの言い訳だったと思われる。どう考えてもレニは自分がやりたくないことをやるような人間ではない。
・まあ端から見ているとめちゃくちゃ自己中心的というか、わがままというか、自分がやりたいようにやりたいことができて当たり前だ、みたいな性格だったらしいので、きっと知り合いだったらとんでもなく迷惑な奴だろうなと思う。
・戦後はナチスに荷担したとして長い間批判されたが、おそらくそれはレニが「私は政治に無関心だっただけで、芸術のために映画を撮っただけなのだからそんなに批判されるいわれはない」という風にある種の開き直りのような自己弁護を終生止めなかったからで、素直に謝っていれば、あるいは、映画監督として復帰できた可能性もあるのではないか?実際には、彼女は自分を批判する人を訴えて、全然、非を認めなかったわけだけど。
・彼女の才能というのは、美しい映像を作り上げて観客を魅了するプロパガンダにうってつけの才能ではあったが、いわゆるエンターテイメントの劇映画を作る職業監督的な才能ではなかったようなので、きっとナチの映画を撮っていた時が彼女の才能や万全な制作体制などの全てが上手く噛み合っていた時期であって、戦後復帰できたとしてもおそらくぱっとしなかったんじゃないかなあなどと思う。
・とはいえ、戦後レニは(自分を批判する同時代の人たちがどんどん死んでいっても)長生きして、70代になってからアフリカの原住民を撮った写真集でヒットをとばし、さらにスキューバダイビングもはじめて100歳の時に水中撮影の映画を完成させたというのだから十分過ぎるほど天寿を全うしたように思う。
・余談だけど、本を読んでると次から次に新しい男ができて、ざっと20人以上は名前が出てきたんではないかと思うんだけど、とにかく恋愛面に置いてもやたらとエネルギッシュだ。肉食系どころの騒ぎではない。相手も資本家、男優、映画監督、カメラマン、軍人、スポーツ選手などなど…バラエティ豊か。
ナチスに荷担した責任については、本人はもう、全然「すばらしい映画を撮っただけなのに、私のどこが悪いんだ」ていう感じで、ユダヤ人に対する迫害も見知っていたはずなのに、おそらくそんなことは私には関係ないって本気で思っていたのではないか。
・今を生きる我々が、色んな意味で規格外の彼女に学ぶべきことがあるとすれば、倫理観とかそういうところは置いておいて、自分のやりたいこと、信念に、忠実にいっさいの妥協もなく生きるという姿勢はひとつの参考になる……というところかもしれない。

なんか、長編漫画にしたら面白いと思う(本でも十分面白いんだが、登場人物が多すぎてわかりづらい)。ある種のピカレスクロマンというか。多分かなりの長編になると思うんだけど。
ビッグになりたいという一心で立身出世した女が、やがて(悪の)権力と結びついて栄光を掴むが、その後その責任を問われることになる(しかし認めない)……ていう。まあレニ・リーフェンシュタールの漫画を書くことについて、誰に了承を得ればいいのかわからないが。